昔の茗荷谷

明治19年(1886年)陸軍測量局により制作された五千分の一図による茗荷谷近辺の様子です。切り立った崖の下に真ん中に島のある小さな池が描かれています。ここから清水が湧き出ていたことから清水谷と呼ばれていたのでしょう。池から右手の稲荷祠と真下の方へと二筋の流れとそれに架かる橋もわかりますね。ちょうど拓殖大東門入口辺りが池だったようですね。周囲でミョウガがたくさん採れたのでしょう。「宗四郎稲荷」も随分と大きかったのがわかります。(2015,01,06掲載)

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